2015年6月14日日曜日

20150609



結婚しました。
パーティーでGt.義父、Dr.義弟、Gt.&Vo.彼、Tpわたしで
オーシャンゼリゼを演奏したのが人生ですてきな瞬間すぎた。

結婚式前の数ヶ月は毎週末やらなきゃいけないことだらけだったから、
今週末は2人して、休日の過ごし方を思い出さなきゃいけなかったよ


Danish String QuartetのSekstur from  Vendsysselは1番最初に
パーティーBGM候補にしたのに結局見送ってしまった一曲。。

2014年9月2日火曜日

いえ

居心地のいいだらけ部屋がいいんだけどきっと、
機材だらけの部屋になるんだろうな。
恋人がねそべりながらならすギターのアルペジオが、
贔屓目なしになかなかいい展開なんだよ。いつも。

2014年8月28日木曜日

R is for remembrance



日曜日に「ただようまなびや」へ参加してきました。
受講したのは2コマ。ひとつは柴田先生が講師で、W.H.Daviesの古典的な英詩を翻訳して歌にあうかたちにするというもの。もうひとつは大友良英さんとSSWの浜田真理子さんと1コマめの翻訳に実際にメロディをつけるというのをやってきました。

全然英語得意じゃないけど、柴田先生に添削してもらったり、意見を述べると「じゃあこれはどうかな?」ときちんと向き合ってもらえて驚き。ひとりひとりの宿題を紹介していったので最後時間がなくなってきてあと2分でどうする、って展開だったけど、そこは長年培った教師経験でねじ込みながらやりきるところもすごかったです。英文を訳すときには語順に気を付けないといけない、それを「小さな親切余計なお世話」と言ってたけど、本文では後半にでてくる言葉を日本語の関係で先に出すのはよくない、というのは翻訳教室でも、今回のWSでも話されてました。でも今回詩を訳す授業で思ったことは詩はもっとリズムとかトーンとか自由なのかな、というものでした。物語と基本の内容はあるけど、どの語を強調するかとか、どの視線で切り取るかとか、もっと映像の編集に近いような感じがしました。
曲つくりは大友さんがすらすらコードつけてって浜田さんがきれいな声で歌ってくれました。欲を言えば、わたしはあの詩はそこまでやりすぎないバランスがよかったかな。
ロングホームルームで各講師が自分のクラスの振替りをしてくれたのですが、吉増剛造先生の気持ちよさそうに話すのがとても印象的でした。すごく気持ちよさそうに指揮するコンダクターみたいだった。

帰り際、柴田先生にサインをもらって、友達になったひとたちとバイバイをしてから「さて」と帰りにに寄ったレストランで、フラミンゴが生息する庭を鑑賞しながらシーフードを食べました。

2014年7月29日火曜日

Reflector



FujiRockでArcade Fireをみてきたよ。
圧巻のライヴは感動する暇もなく目の前を過ぎていってしまった。
それなのに数日経ってなおArcade Fireの隅々がReflectしまくっている。
反射した光が過去の曲を浮き立たせるんだよ。
それってすごいことだと思う。

オルタナティブのざらついた表面とか、シンプルなリフの繰り返しとか、
それでいて一貫して狂いのないまっすぐなコンセプチュアルなところの
あー、もうすべての混ざり合った具合がほんとうに最高なんだ!
向かい合った2人の声がセルフリバーブみたいにリフレクトし合うところなんか
疑いなく会場にいるみんなが息をのんだと思う。
それがIt's never overだなんて。 

(これは拾い物の写真。
わたしの鼻の先をレジーヌがきらきらしたマントを翻して歩いていった。)

2014年6月7日土曜日

2014年5月8日木曜日

LOW



だいたい夜の粒子はまだぬれているいるけども、
昼間は鬱蒼と暖かな日も会って、そういった日には窓を開け放して、
布団を干して、窓を拭いたり、普段のぞかない低いところを拭ったりしている。
(でも彼はあれなんで開いているのかしらという風に、気づくとすぐに閉めてる。)

そんなことしていたら、ある日玄関の天井にわりかし大きな蜘蛛が正座していた。
なんだかおとなしそうだったので、その日は様子をみることにした。
翌朝、おなし場所を確認すると、少し移動していたけれど、
壁と天井の隙間にそっと潜り込んで、あいかわらずじっとしていた。
仕事から帰ってきても、また少し座軸の点Pは移動していたのだけれど、
だいたいそんな態度だったので、数日様子をみていた。
それなのに、ある夜、寝る前にふと天井を見上げると、
蜘蛛はほとんど猫が顔を洗うみたいして、忙しそうに糸をはき、移動してはまた糸をはき、その糸の強度を確認するために少しぶらさがって、はて少し休憩。

私は裏切られた思いで蜘蛛と絶交したんです。
それから思い出したように、隣の山ばかりの県へ引っ越した古い知り合いに、
結婚おめでとう、と伝えたんだよ。
彼といつも話していたユーモア、つまるところ来世なんか屑のようにきれいさっぱり消えたんだよ。

2014年5月6日火曜日

J.D.S



「サリンジャー 生涯91年の真実」を読んだ。
サリンジャーの作品では、ほんとうに、登場人物にとても近い視界と、ハートと、
読者が背景の前後左右ぐるりを確認できる自由さがとても精密に積み上げられているのだけれど、それが一体どういうことなのか、この本を読んで納得しました。

ホッチナーの話でいちばん興味ふかいのは、サリンジャーが選んだ言葉だ。彼はホッチナーに「言葉のなかに」炎を埋め込むのではなく、「言葉と言葉のあいだに」炎を置け、と忠告した。その指摘することろは、真の意味は作者が指示するものではなく、読者に感じられるものだということだ。それはとくにサリンジャー的な概念で、サリンジャーをサリンジャーたらしめている要素である。

2015年に、遺作が無事にサリンジャーの指示通り発表されますように。